No.423(平成9年5月15日発行)

21世紀に向かって日本工学会の視点
(平成9年4月17日開催の第10回学協会共通問題に関する討論会での挨拶)

日本工学会会長 石川 六郎

3年目を迎えたサイエンス・ボランティア事業

日本工学会サイエンス・ボランティア企画委員会 委員長 田中 郁三

「日本工学会創立 100 周年」記念式典のこと

土木学会事務局 河村 忠男


21世紀に向かって日本工学会の視点

(平成9年4月17日開催の第10回学協会共通問題に関する討論会での挨拶)

日本工学会会長 石川 六郎

 本日は討論会に多数のご参加を賜わり、厚くお礼申し上げます。また、講師、パネリストの諸先生方には、公務ご多端の折にもかかわらず、快くお引き受けいただきまして誠に有難うございました。
 ご高承の通り地球規模での大競争時代の本格的な到来に伴い、わが国は現在、歴史的な転換期にあります。その中で、科学技術による国際競争力の向上と新産業の創出こそが、強靭な日本経済を再建し国の発展をもたらす要である、とのコンセンサスが形成され、科学技術創造立国を国是とする「科学技術基本法」が超党派の議員立法により制定されたわけであります。
 引き続きその施策を具体化した「科学技術基本計画」が昨年の7月に閣議決定されました。その中で、2000年までの5年間に約17兆円の国費を重点投入する方針が打ち出されたことは誠に喜ばしいことですが、同時に、我々は現在、科学技術に依って立つしか生き残る道のないわが国の21世紀に大きな影響を与える、この国家投資をより効果的に行っていけるかどうかの瀬戸際に立っているということを、厳しく認識する必要があります。 
 科学技術基本計画では、学協会の役割につきまして、「・・・研究評価、情報の発信・交換あるいは人的交流の場として重要な役割を果たしている学協会について、その活動の支援と機能強化を図る」ことが明記されました。今後の科学技術政策の展開に、学協会といたしましても、自らの重要な役割をよく認識し、積極的に関与していくべきであると考える次第です。
 さて、この場をお借りしまして、貴重な国費を有効に使うために留意すべきと日頃感じております点を、いくつか申し述べたいと思います。
 先ず第一に、省庁の枠を越えた国家単位の視点から、重点思考で取り組むべき分野を早急に抽出することです。このプロセスには、研究開発の実務を担う産業界・学界の意見を十分反映させることが大変重要です。また、それらに基づき、研究開発を効果的に実施するためには、ムリ・ムダのチェックや成果の適正評価を定期的に行い、それらの結果を迅速・柔軟に予算配分に反映させるシステムを、産・学・官連携で構築する必要があります。
 第二は、注目分野として、科学技術系人材の教育・育成の重要性をとくに指摘したいと思います。私は、個人の尊重や平等主義を金科玉条とする傾向のある戦後教育を見直し、国に対する思いや社会人としての人間形成・公共心の涵養が重要と考えておりますが、それらの基本的な素養を持ち、創造性に富んだ人材を育てることが科学技術創造立国の形成には不可欠です。青少年の科学技術教育の充実には、まず、初等中等科学教育の現場を支える熱意に満ちた理科系教員の養成や、教材開発に精力的に取り組む必要があります。また、各分野の専門家をボランティア講師として積極的に活用したり、先端的な科学技術に触れる機会を増すためなどにも国家投資を惜しむべきでないと考えます。これらの施策を通じて養われる創造性を伸ばし続ける一貫した教育システムを確立することにより、科学技術創造立国を支える人材の厚みを増すと共に、世界に抜きんでた科学技術を創造する人材を輩出することが切望されます。
 第三は国際化に対する視点です。人・物・資金・情報が国境を越えて自由に移動する社会が急速に進展する今日、人材育成上も、研究開発投資効果を高める上でも、世界中から優秀な科学技術者がわが国に集まり、切磋琢磨する開かれた環境を整備することが不可欠です。
 また、わが国で教育を受け資格を取得した技術者が、海外で活動する際に適切に評価されるためには、工学教育認定や技術者資格についての国際的な相互承認という視点が重要となります。すでにWTOやAPECでこれらに関する討議が始まっておりますが、わが国としましても、とくに成長著しいアジア諸国との、産業および学術交流の両面を念頭においた積極的な関与が求められております。
 各学協会におかれましても、アジア諸国との交流を促進すべく様々な取組を行いつつあると推察いたしますが、より多面的かつ効果的に推進するためにも、各学協会が有するこの方面の情報を共有化することが求められます。
 以上、貴重な国費を科学技術振興に投入するに際し留意すべき点を、学協会との関連を交えながら申し述べました。すでに急増した予算のもとに様々な分野で科学技術振興に関する取組が強化されつつある状況を考えますと、国家投資としての効果をより高めるべく、学協会としても積極的なアクションを急ぐ必要があると考えます。
 本日は、学協会の活動に深く関わっておられます諸先生方に、講演およびパネルディスカッションを行っていただくことになっております。科学技術創造立国に向けた大変重要な局面を迎える中、この討論会が、各学協会の今後の在り方を考える上で有意義なものとなりますよう祈念いたしまして、開会の挨拶といたします。


3年目を迎えた
サイエンス・ボランティア事業

日本工学会サイエンス・ボランティア企画委員会 委員長 田中 郁三

 まもなく到来する21世紀においても、わが国は「科学技術創造立国」を目指して、世界の中で評価と信頼を持ち続けていくことが大切なことと考えます。
 そのためには、国民の多くの皆さんの科学技術についての深い理解と共感が必要であり、より充実した理工学教育の場と、多彩かつ有能な人材が育ち行く社会環境の構築が求められている今日です。
 このような時代背景を受けて「科学技術基本法」が平成7年11月15日に議員立法のかたちで成立し、さらに平成8年7月2日に「科学技術基本計画」が閣議決定しました。現在、関係機関がその具体化に向けて、いろいろな施策をはじめられたことは大変慶ばしいことと感じております。
 一方、平成7年から動きだしました“サイエンス・ボランティア”活動は、文部省高等教育局専門教育課が中心になり、社団法人日本工学会が事務局を担当する新しいシステムとして、いわゆる「若者の理工系離れ」を解消して行くため、この部門への関心を促進し、流れを変えることを一つの目的としたものです。
 すでに発足以来2年を経過した“サイエンス・ボランティア”は、約600名のわが国を代表する第一級の技術者・科学者が登録しており、その活動をより充実したものとする新たな展開が期待される時を迎えています。
 「公益性、自主性、無償性、先駆性」等に象徴されるボランティア活動は、漸次わが国においても定着しつつありますが、「科学技術の楽しさ、面白さ、確かさ」をそれぞれの登録者の豊富な人生経験等を織りなしつつ展開される“サイエンス・ボランティア”活動は、わが国における新たな科学技術の振興と国民の理解を深めるものとして期待されているところです。また、登録者による地域に根ざした多彩なボランティア活動は、多くの知見と賞賛を得つつあります。
 すでに述べたように「科学技術創造立国」を国の柱として来世紀へ向けて展開する諸施策が漸次多くの方々の理解のもとで推進されつつあります。
 戦後、わが国は国民全員参加とも言える合意のもとで、世界史にも希有な科学技術を中心とする産業ピラミッドを構築しつつ高度経済成長を成し遂げました。この成長の時代にあって、わが国は先端技術の育成・保持に励むとともに、有能な人材の確保と教育に多くの努力を重ねてきており、結果として多大な知的財産を蓄積するに至りました。
 “サイエンス・ボランティア”活動は、この流れの中で得られた究理に係わった方々の精神と技術を後世に引き継ぎ、さらに発展させる努めの一端を担いたいと考えています。
 わが国は高度成長時代から高度安定社会への変換期にあります。その間にあっても「理工学の楽しさ、面白さ、確かさ」を、より多くの青少年に生きたかたちで伝え・伝承させつつ、創造的人材を生み出す努力を重ねていくことが重要です。
 そのための有効な手段としての“サイエンス・ボランティア”活動を一層推進するために、理解と協力に加えて、新しい参加・登録および諸組織をあげての有効なる活用をお願いいたします。
 平成9年3月

(学位授与機構長)

 


「日本工学会創立 100 周年」
記念式典のこと

土木学会事務局 河村 忠男

 昭和54年11月20日に東京丸の内にある日本工業倶楽部大会堂において挙行された「日本工学会創立 100 周年」記念式典からはや18年を数えようとしている。
 当時の資料をひもとくと、この記念行事についてのありようが脳裏に鮮明に残っているところとほぼ完全に忘れ去られているところがあって驚くが、ここではその前者、とりわけ皇太子殿下および皇太子妃殿下(現在の天皇陛下および皇后陛下 ) の行啓を仰いだことについての側景が強烈な人生体験として時空を超えて今につながる。
 ことは式典の日から更に遡る。
 当時の土木学会専務理事は川越達雄さんであってある日下命されたことは「この次の日本工学会の理事会に代理出席をするように」とのことであって末席に座った会議では、創立100周年を迎えるに当たってどのような記念行事を行うべきかについて吉識雅夫会長をはじめとする錚々たる重鎮が話し合われていた。科学技術史の教科書に出てくるような方々が目の前で静かに会を進められている中での当方はただただ恐縮して聞き入るばかりの席に吉識先生からお声がかかった。「そこの若い方、いままでのはなしをおききになって何がご意見は」との仰せ、指名されても黙っていればいいものを「記念式典を実施するのは良いことかと思います。が、この種の催し物には何か " 華 " があると参加者も歓ばれるのではないでしょうか」と口からサッと出たのがいけなかった。「ほぅ、それで何か心当たりでも…」と促されたときに一瞬脳裏を走ったのはその直前に上野の科学博物館の周年事業に昭和天皇が行啓されたことであって、これを下敷きに「皇太子殿下にお出でいただきお言葉を賜って…」と申し上げたら先生は即座に「それはいいことですね、みなさん如何でしょうか。よろしいですね。それでは、お若い方どうぞお進め下さい」で閉会になってしまった。
 大物とはこういう方のことかとは後の想いであるが帰っての上申に川越専務理事は「君が受けてきたんだろう」との温かい励まし(?)。
 では「まず最初に何から始めるべきか」であるが、そこがこちらの長所でもあり短所でもあるところの最短距離を真っ直ぐに走る癖が立ち上がって直截に御所にお伺いしようと。
後で考えてみるとルール違反も相当なものであったが「たしか東大の先生が侍従になられたはず。その方なら学会の活動等についての理解もはやいのではないか」と一人合点して御所に直接電話をしたところ即座に「お出でになられたら」とのご親切。あとは一瀉千里であったと記せば書けるものの、すべてが初めての事ごと故それなりの苦労はあった筈ではあるものの、いずれも楽しかったことのみの思い出であって相当はしゃいでいた毎日であったと記憶している。
 ことが具体化するに従い工学会はもとより皇宮警察、警視庁、丸の内・麹町警察署、麹町消防署、日本工業倶楽部、科学技術館等との煩雑な会合に加えての折衝等が立ち上がってくることに加え、秒単位の行程表の作成と演習、式典におけるお言葉の下準備等があったものの、まず最初にしたことは NHK の友人の紹介を得てその道のベテランにお会いし行啓に係わる先方のノウハウを入手することであって、ここで伝授された多彩な実務話と資料はのちのち大きな力となってわれわれの進路を照らしてくれた。
 準備が進むに従って式典に続いての翌日に丸の内の科学技術館で実施中の「目で見る工学100年展」にもご来駕があるという異例のご配慮が重なり、そちらの準備も併せ進めることとなった。
 この間ちまたでの行啓に関する根拠なき風評に悩まされたりしたものの順調に事が運ばれたが、今でも耳に残っていることは「特別なことは一切なされないように。普段皆さんがなされているようにことを運んで欲しい」との殿下のご要請を受けてのの主催者側の応接でして、すべてに対して神経を尖らせていた当方にとってそのお言葉は干天の慈雨でもあり、実際にそのとおりであったことは意外なことでもあった。率直に言ってたいへんご質素なご生活ぶりであり、すり減ったと表現しても失礼にならないほどのお召し物等、数回におよぶ参内の隙間に知ることとなったことごとは当方の理解を越えるものでした。
 式典当日、皇太子殿下は日本工学会の活動に対する祝辞の後につづけて「しかし一方、工学の力が大きければ大きいほど工学に携わる人々の人間的に広い視野からの高い識見が求められています」とのお言葉を述べられましたが、このご指摘が今日のわれわれ関係者への警鐘であると考え、ここに再掲します。
【 追 記 】当行事に関する詳細な記録書類等は日本工学会事務局に一巻として保管されている。