No.431(平成12年9月10日発行)

学協会が社会に果たす役割
  2000年4月25日開催の第13回学協会共通問題に関する討論会での挨拶

日本工学会 会長 大橋 秀雄

文部省・科学技術庁への提言「科学技術創造立国と学協会」

日本工学会 会長 大橋 秀雄


学協会が社会に果たす役割

2000年4月25日開催の第13回学協会共通問題に関する討論会での挨拶

日本工学会 会長 大橋 秀雄

 昨年の日本工学会の総会で、石川六郎前会長からバトンタッチを受けました大橋でございます。私にとりましては、会長としては初めての集まりになりますが、今日は定期総会に先立ちまして、学協会共通問題に関する討論会をこれから始めさせていただきます。
 学協会をめぐる情勢は、この1年間でずいぶん変化したように思っております。特に、この4月に入りまして、我々と大変関係の深い二つの法案が成立しました。その一つが産業技術力強化法です。もう一つは、つい先週ですが、技術士法の改正が国会を通りました。この二つとも、我々学協会にとっては大変関係の深い法案です。
 ご承知のように、学協会は二つの顔を持っております。一つは、学術団体としての顔でありまして、学術を進歩させる役割を担っています。直接学術研究に携わるのは、大学や研究機関でありますが、そういう学術情報を選別し、発信する力、これはまさしく学協会が担っているものです。その点につきましては、皆様方十分ご承知であるかと思っております。科学技術基本計画その他を初めとしまして、学協会の学術団体としての機能を応援するいろいろなメカニズムもだんだん充実されてきたかと思っております。
 ところが、最近になって立て続けに成立した二つの法案は、どちらかといったら学協会のもう一つの顔、すなわち我々に関して言えば「技術者を育成する」という局面において、大変関係の深い法案です。これからお話しいただく吉海審議官のお話の中にも当然出てくるかと思いますが、産業技術力強化法には、「科学者と技術者の育成というものが大変重要であって、それを国として進める」ということが明記されております。その進める母体が、我々は「NEDO」と言っておりますけれども、新エネルギー・産業技術総合開発機構であります。NEDOはエネルギーのことばかりやっているのかと思いましたら、今度の新しい法案で、NEDOの中にそういう技術者の育成をサポートするという役割が入りましたので、これにつきまして、早速いろいろな面で変化が現われてくると思っております。
 もう一つが、新しい技術士法の成立でして、その中では、技術士が技術者の標準的な資格として位置づけられています。国際的に整合性のある技術者資格を取得する標準的な入り口として、「認定された技術者教育」ということが明記されております。法律の上では「文部・科学大臣が指定する課程を終えた者」というような表現になっておりますが、実はそれが日本技術者教育認定機構、即ち「JABEE」が認定したものと重なるような仕組みになっております。
 もう一つ、技術士法の方では、技術士が生涯にわたってきちんとアップデートされた知識をもとに能力を発揮していけるように、CPD(Continuing Professional Development)を続けること、自分の能力を継続的に開発していくということが、いわば義務として明示されています。学協会はそれに対しても大いに支援をしなければならないということでして、学協会のもう一つの顔、即ち技術者の専門職団体、Professional Society としての役割が最近急激に脚光を浴びてきたかと思っております。
 こういうようなことでして、学協会が学術そのものに対しても、あるいは人間の育成に対しても、大変重要な役割を担う仕組みがどうやら整ってきたと思いますが、これから我々は、今度は当事者として、それに対応できるように相当心して取組む必要があるかと思っております。
 今日は、最初に吉海審議官のお話、それから文部省の尾崎学術情報課長のお話があります。引き続き学協会プロパーの問題として、学位授与機構、今は新しく名前が変わりまして「大学評価・学位授与機構」ですが、そこの木村機構長から「学協会の国際化」に関するテーマでお話しいただきます。
 学協会の学術団体としてのあり方を考えると、日本の中だけの情報発信ではほとんど存在意義を失うという状況がだんだん出てきておりますので、国際化というものが学術団体として考えると一番の重要なキーですので、それについてお話しいただく予定です。
 それから、「学協会がこれほど重要な役割を負うようになってきたのに、学協会の組織的な位置づけがまだ極めて不十分であるという見地」、できれば特定公益学術法人のようなものを作りたいというようなことで東大の木内教授のお話があります。
 産業界の立場もありますが、「学協会の大同団結を望む」ということで、三菱化学の小野田さんのお話がありまして、その後フリーディスカッションに入りたいと思います。今日の共通問題に関する討論会は、まさしく学協会すべてが直面している問題ですので、どうぞ最初にお話を伺った上で、ディスカッションに参加していただきたいと思っております。
 この会場は大変足の便もいいし、大変立派なところです。石川前会長のご好意にもよりまして、引き続き使わせていただけるのは大変ありがたいと思っております。
 それでは、ご挨拶の方はなるべく簡単にしたいと思いますのでこの辺で終えます。今日の討論会が盛会に終わることを願いまして、最初のご挨拶に代えさせていただきます。ありがとうございました。


文部省・科学技術庁への提言
「科学技術創造立国と学協会」

日本工学会 会長 大橋 秀雄

2000年5月29日

文部大臣・科学技術庁長官
中曽根 弘文 殿

社団法人 日本工学会

会長 大橋 秀雄

科学技術創造立国と学協会(提言)

学協会が果たすべき役割
 学術の進歩は、第一義的には、それに直接携わる大学、国立研究所、民間研究機関など、いわゆる研究実施機関の成果に負っている。しかし、各研究機関は研究を実施して成果を挙げても、その成果の評価と公表を、第三者すなわち学協会に委ねている。研究成果が学術の進歩のために相当の貢献を果たしているかどうかの公正な判定は、専門家集団としての学協会の相互評価(peer review)機能に拠るのが学術の長い伝統となっている。学術は、知識の創造基地としての大学や研究機関と、その評価・発信基地としての学協会が、縦糸と横糸のように助け合って健全な発展を遂げることができる。
 研究者や、医師・弁護士・会計士・技術者など高度な専門職にとって、学協会は身近な存在である。新しい専門知識の吸収や研究発表のためには不可欠な組織で、自分の専門に近い幾つかの学協会に所属しているのが普通である。しかしそのような必要性がない人々にとって、学協会は無縁の存在であり、その役割や実態はほとんど知られていない。
 統計によると、我が国の研究者は大学、国立研究機関、民間合わせて約60万人、それに研究者には属さないが240万人技術者のうち50万人は何らかの学協会に属していることなどを考えると、我が国の学協会会員数は150万人前後と推定される。国民平均でならすと、学協会に所属している人は80人に1人ということになり、それが果たしている役割は社会から見えにくい状況が続いてきた。
 科学技術の進歩とその社会的影響力の増大に対応して、学協会が果たす役割も急激に変貌しつつある。例えば、1995年1月に起こった阪神淡路大震災に際し、土木学会、日本建築学会など多くの学協会が、それぞれの専門の立場から全国の専門家を動員してタイムリーな調査・分析を行い、学術的記録を残すにとどまらず、行政にも反映させるような基準の見直し、改善提案などを独自に行っている。これには、国家機関、企業などの調査とは異なり、完全に中立な専門家集団としての特色が十分生かされており、国民生活とも密接に関連する貴重な役割を担ったことになる。
 昨今、JCOの臨界事故を初めとして、技術に対する国民の信頼を揺るがせる事故が続発している。技術の基本は人である。よって技術は、社会に対する責任感と高い能力に裏付けられた技術者によって担われていなければならない。自律的に技術者の倫理意識を高め、また技術者の能力を生涯にわたって維持・向上させる機能は、技術者の集団である学協会によって担われている。
 以上のように、学協会は(1)学術の発展を通じて社会に貢献する役割と(2)専門職集団として社会に責任を果たす役割を兼ね備え、そのかなりの部分は、いわば社会の公器としての役割とみなすことができる。しかしながら、学協会は、学術先進国では中立性を保つ意味からも非政府・非営利組織(NGO,NPO)の形をとり、その活動は基本的に所属会員の会費によって賄われている。
 欧米諸国の学協会は、その歴史的基盤の厚さと専門性を評価する社会風土の違いから、我が国の学協会に比べて社会における存在感がはるかに大きい。主要な学協会は、議会による公的な要請のもとに、専門家集団として意見を集約し、発表することが多い。また、政府の多くの委員会に委員を派遣し、諮問に応じ、その提言はしばしば行政によって実行に移される。我が国の対応する学協会と比較すると、会員数はほぼ同等規模であっても、財政規模は10倍以上であり、その活発な活動を裏付けている。
 我が国の学協会の財政は、会費収入に大きく依存しているため、近年公共的活動に対する協力要請が膨らむ中で活動資金の不足が常態的になっている。そのため、学協会の本来の使命である学術成果の評価と発信という機能までが大きく損なわれようとしている。
 以上の現状をふまえ、社会の後期としての学協会の役割を飛躍的に強化するため、以下の施策の実現を強く望むものである。

1. 学協会の役割を認識し、必要に応じて学協会が協力する局面を拡大する
 1996年に制定された科学技術基本計画の中で、"研究評価、情報の発信・交換あるいは人的交流の場として重要な役割を果たしている学協会について、その活動の支援と機能の活用を図る"と明記されている。この趣旨が生かされるよう、専門家集団としての学協会の見識と行動力が、学術発展と人材育成のために活用される局面が最大限に拡大されることを望む。

2. グローバルな情報発信能力を強化する
 優れた研究成果を、「自国の判断基準」で「速やかに」世界に向かって発信することは、時に将来の産業をも制し、国益にも重大な関わりがある。グローバルな研究成果の発信能力に関して欧米諸国に対する劣勢を挽回するには、学協会の外国語による研究成果の公表に強いインセンティブと支援を与えることが必要である。
 また、NatureやScienceに匹敵するような強力な発信源を育成するためには、既存の学協会の枠組みを越えた情報発信の拠点結成などによって、情報発信機能の質的転換を促すほど思い切った国の施策と支援が必要である。
 科学研究費による刊行物助成は、研究費補助に比べて極めて少額で、この目的を達成するには不十分である。また、平成10年度から発足した科学技術庁、文部省による「学協会による情報発信・流通の支援システム」の構築は、学協会にとっては強力な支援ではあるが、このシステムはツールの提供でしかなく、発信する情報の質の向上を促すものではない。外国論文誌依存型の現状を打破するには、研究投資に相応しい情報発信投資を行うという発想の転換が必要であり、学協会との協力の下にその具体化を図ることが必要である。

3. 専門教育と生涯専門教育を通じて人材の育成に貢献する
 科学技術をめぐるグローバルな競争が激化する中で、個別分野ごとの優劣に眼が奪われてその対策に腐心するのは、余りにも短期的な対応といわざるを得ない。一国の競争力の根源は、有能な人材が次々に研究開発競争のグランドに降り立つことであり、まさに人材の育成こそが、長期的に見てその勝敗を決することになる。
 例えば技術者を例にとると、優れた基礎教育(高等教育レベル)、習修プログラム、技術士など資格の取得、継続専門教育などが一貫したシステムとして技術者の生涯にわたる活動を支援しなければならない。この全ての段階で、学協会は技術者集団として主要な貢献をすることができる。
 技術者教育の国際整合性を確保するために設立された日本技術者教育認定機構(JABEE)の運営に、理工農系学協会が中心的役割を果たしているのが、その具体的な一例である。今後ますます重要になる継続専門教育に関しても、同様な役割が期待されている。
 学協会が人材育成に果たす上記の活動を、一国の国際競争力を支える重要な一環として捉え、これに対する支援を強化することを要望する。

4. アジアを中心とする人材ネットワークの要となる
 我が国の優れた科学技術の情報は、アジア経済圏として結びつきが深い国々を初めとして多くの国々にとって極めて有用である。これらの国々から日本に研究留学した学生・研究者に対して、帰国後、学会誌や論文集を無料で配送するなどのサービスを行う。また、有用な日本語情報(会誌など)を英訳して発信する。このような地道なサービスが日本に対する各国の信頼の回復につながり、継続的な我が国の産業発展にもつながる。この面でも、学協会の持つ豊富な情報と研究者・技術者のネットワークを活用することが望まれる。

5. 危機管理に関して学協会の専門能力を活用する
 1995年の阪神・淡路大震災の直後に、土木学会、日本建築学会、日本機械学会など関係5学会が調査団を組んで、多岐にわたる被害状況を可能な限り詳細かつ正確に調査し、その結果をまとめた調査報告書、復興に向けての緊急提言などを発表した。これらに要した費用のほとんどが学会の負担となっているが、今後、国内のみならず、外国における自然災害、環境汚染など緊急を要する事態に対しても、学協会が専門家集団として率先して活動できるよう、常に資金援助ができる態勢を整備しておくことが望まれる。

6. 以上のような学協会の活動を可能にする基盤を整備する
 学協会が抱えている財政的な脆弱さを乗り越えて上記の活動を展開するには、学協会それ自体を組織的にも、財政的にも強化してその基盤を整える必要がある。そのために、以下の実現が切に望まれる。

(1)学協会に相応しい法人格を
 学協会は、学術の発展と人材育成を担う社会の公器でありながら、公益法人格(主として社団法人)を持つものは全体の1割にも満たない。また、寄付金控除が認められる特定公益増進法人の指定を受けている学協会は、2、3を数えるに過ぎない。
 社団法人の認可条件には、学術団体としての学協会には不適切なモノが多々あり、ことに重要な役割を果たしていても会員数が少ない学協会には、認可は極めて難しい。
 この状況を根本的に改善するため、公共性の高い学協会を対象に、例えば学術法人(寄付金控除の対象となる学術公益法人)のような新しい法人格を創設することが強く望まれる。

(2)学会活動の財政面の強化を図る
 学協会に民間資金を導入し、活用を促進する枠組みの整備としてもっとも有効な施策は、税制面での支援である。上記が実現するまでの当面の事態に対応するためにも、個人・企業を問わず、学協会活動を支援する寄付行為は、寄付金控除の対象とすべきである。

(3)国際学協会活動センターを建設する
 学協会が、情報発信技術など急速に変化する社会情勢の中で、自己改革をはかりながら、学協会連携、国際的連携を協力に進めるために、「国際学協会活動センター」の建設を提案する。このセンターは、@事務局施設、A各種会議室、B大小の集会場、C宿泊施設、D通信情報システムなどを提供する。それによって多くの学協会の連携協力が進み、新しいタイプの合同講演会・シンポジュウムなどの企画・実行が容易になる。また、諸外国の学協会にもその機能を提供することにより、我が国の学協会が真に国際的リーダーシップを獲得することを支援することができる。

以上