“技術立国”を標榜している日本にとって,科学技術人材の育成がいかに重要かということは、今さら言うまでもないことでしょう。
しかし,ここにきて顕在化してきた非常に深刻な問題によって、人材育成という課題は非常に緊急性の高いものになってきました。その点について、あえて述べたいと思います。
西暦2000年ごろに,日本は「一人当たりのGDP(国内総生産)」において世界でトップの実力を誇っていました。しかし現在はといえば、他の国がそれほど大きく変化していないのに対して、日本だけがどんどん減少している、という厳しい現実に直面しています。
かつて「一人当たりのGDP」といえば、国の先進度の指標といえる数値であり、「一人当たりのGDP1万ドルが、中進国から先進国へと変わる境界線」と言われてきたことなどを考えると、これまでの日本のあり方を揺るがしかねない現在の状況は,きわめて深刻な事態だということがお分かりいただけるでしょう。
現在の日本の状況を勘案しつつ、こうした状況から脱却するための方法を考えるなら、「不断にイノベーションを起こしながら、新しい産業、新しいシステムを構成していく」ことになります。そしていうまでもなく、そのための貴重な原動力となるのが“人材”です。そこで有望な人材を育成することがわが国において緊急性の高い課題になってきたわけですが、特に私たちは、科学的な知識を特定の目的に対し統合、融合しながら、新しいものを作り出していくという“工学”のための人材をもっと育成していかなければならない,という問題意識を、つねに抱き続けてきました。
こうした背景から、今回、科学技術の人材育成を目的としたコンソーシアムを、工学系学協会の連合体である日本工学会が旗振り役を担い、新たに立ち上げることになりました。このコンソーシアムの位置づけについても、少しご説明したいと思います。
本コンソーシアムの意図するところは、「今回の立ち上げを機に、新たに何らかの活動を展開します」というものではありません。人材の育成については、すでに同様の問題意識を持った各学会、産業界、また社会の多くの方々が、公的に、あるいは草の根的に、さまざまな活動を展開してきておられます。本コンソーシアムは、これら各個に進められている活動をより効果的に推進するための、あるいは各活動の中で出てきている問題を解決しながら、さらに新たな問題に取り組んでいくための“場”を設定することを目的としています。
これら個別に行われている活動は、“情報を共有する”ことによって今まで以上の効果を生み出す可能性が期待できますし、また活動の中で何か問題が出てくれば、同じ問題意識を持つより広いネットワークの中で対策を検討することで、効率よく次のステップに進むこともできると思います。
目的としてはこのようなものですが、「これまで現実的かつ草の根的に行われてきた活動を、どこまで具体的な形でバックアップしていくか、またできるか」というのが、このコンソーシアムの成否を決める最大のポイントだろうと思います。
まずは学会に対して具体的な働きかけを進めていきますが、そこから段階的に、産業界、また各企業で個別に行われている活動を、情報の共有化などの手段をもとに結びつけ、連携しながら徐々に大きな動きとしていくことを考えています。
もう1つの重要なポイントとして、昨今の子供たちの理科離れなどの憂慮すべき問題もあり、科学技術人材育成には、初等・中等それぞれの教育の部分でしっかりした対策を講じる必要がありますので、特に学協会の各支部と実際の教育現場、関係省庁の地方部局、各地域の教育委員会の間の連携が非常に重要だと考えています。現在は学協会、自治体、学校、そこに支援に入っている産業界が別々に活動を行っているのが実情ですが、これらを切り離したままにするのではなく、「学会の支援」のもとでそれらがうまく連携していく状況を実現したいと考えています。
そのための方策として、本コンソーシアムの“地方版”を全国に展開していくという手段を考えています。これら地方版が各地域での連携のコアの役割を果たしつつ,母体である本コンソーシアムがいわゆる“ハブ”の役割を担い,それらを大きなネットワークにまとめていく、ということです。
現在も、たとえば経済産業省のプロジェクトで、大学と学会とが協力して高等学校に教師を派遣する、というような例もありますし、JSTが行っているような,初等、中等学校に理科教師を派遣するという活動もすでに行われています。また各地で多くの方が、草の根の活動に尽力しておられます。こうした活動が,より大きなネットワークの中で相互に参照、評価、情報共有され、より多くの人に効果をもたらしていく効率的な仕組みをデザインしていければと考えています。
ぜひともご理解を賜って、ご協力をお願いできればと思います。
<当日の「趣旨説明」要約> 記事協力:「学際ネットワーク設立準備会」